非欧州世界に上がる戦火
湾岸戦争がひと通り終結したあとの今日でも、朝鮮半島情勢をはじめ依然、世界の各地に不安定な状況が広がっている事実は否めません。
もっとも、欧州世界に関しては、87年末から90年いっぱいまで、米ソーNF(中距離核戦力)全廃条約の締結、米ソ首脳のマルタ会談、全欧安保協力会議(CSCE)開催とパリ憲章の採択による通常兵器削減の合意など、着実に脱冷戦に向けた軍縮平和の制度づくりが進んできていました。
ですから私たちの目が欧州世界に向いている限りは、たしかに楽観的気分になるのも無理からぬことでした。
しかし湾岸戦争は、アジア・アフリカ・中南米など非欧州世界では決して軍縮平和への制度づくりが進展していないことを暴露するものでした。
考えておくべきは、この間に欧州世界の脱冷戦に向けた制度づくりを主導したのが、米ソというどちらも欧州国家そのものとは言い難い2つの大国だったという点でしょう。
米ソは大西洋を挟んでは直接対峙していません。
ソ連が北欧諸国によって大西洋への直接的出口をふさがれているからです。
他方、両国は太平洋を挟んでは直接対峙していました。
この点からすれば、両国の関係は地勢学的にはむしろアジア・太平洋地域にこそ属するという側面を持っています。